タイコクラブ | よむフェス #4「雑誌『ブルータス』に見る自然回帰マインド」 

Ray Ban SANTA FE NATURAL TOBACCO COMPANY JAPAN K.K. Pioneer NORDISK


.

_

_




Home

ホーム > Contents > 岡本俊浩「よむフェス」 > よむフェス #4「雑誌『ブルータス』に見る自然回帰マインド」


よむフェス #4「雑誌『ブルータス』に見る自然回帰マインド」


Illustration : SEIGOFUKUDA
雑誌『ブルータス』の8月1日号(690号)は、映画『借りぐらしのアリエッティ』に関連したスタジオジブリ特集だった。しかし、きょうのテーマは宮崎アニメではない。雑誌の一番後ろに「ミスター・クサカベ」というタイトルのファッショングラビアが掲載されている。合計4ページに渡るページだ。

http://magazineworld.jp/brutus/690/

撮影はRintaro Ishige。モデルを務める黒縁メガネのミスター・クサカベは明治時代の文学青年のようだ。そんなクサカベさんは、「ポロ・ラルフ・ローレン」や「トム・ブラウン」などのアメトラ(アメリカントラッド)系ブランドのウェアをまとって日本の原風景の中にたたずんでいる。パジャマ姿で朽ち果てた廃屋の前にぼーっとたたずむクサカベさん、お寺で古書を読み耽るクサカベさん、秋の色に染まった里山を背景にレトロな自転車を押し歩くクサカベさん。データの加工で絵画のような風合いに仕上がったグラビアは、明治~大正時代に日本人洋画家が描いた日本の田園風景を思い起こさせる代物だ。

それにしても、こういうグラビアが「いいよね」と編集者とカメラマンの間で合意形成される空気って何なのだろうかと思う。しかもブルータスで。クサしているのではなくて、純粋に興味津々なのである。


30代~40代の都市生活者をメイン読者層とするブルータスは、昨年の656号でカリスマデザイナー佐藤可士和(とその妻+仲間)を表紙に据えた農業特集「みんなで農業。」、今年の683号では森(と森っぽい空間)を扱った特集「森に還る」をやっているから、同誌が自然やエコをテーマに据えるのは不思議ではないのだが、数ある企画の中でも「ミスター・クサカベ」は、品のいいライフスタイル提案を振り切った異質なものを感じさせるのだ。こういうページを見るにつけ、はたと思う。
「ホントに自然回帰したいと思っているのか」

古い男友だちの話をさせて欲しい。同い年でいま33歳。名前は仮にNとしておく。
いまからもう、15年以上前になるけれど、高校に入学するかしないかぐらいの時期に、僕はクラブ通いを始めた。
テクノのクラブによく行った。悪名高い六本木の「ジオイド」にも出かけたことがある。Nとはそういう場所で何度も遊んだ。印象は文化的反射神経のいい子。みんながテクノに夢中になっている頃にボサノヴァを聴いたり、当時人気のあった「MILK」の洋服をサラリと着こなす男だった。女性にもモテた。
ところが、僕が20歳になる頃には疎遠になって、いつしかNはパタリと夜の遊び場に姿を現すことがなくなった。
それから10年以上が経った秋。僕は沖縄の西表島に遊びに行ったのだった。帰京後、NHKで西表島のドキュメンタリー番組をやると聞いた。70年代以降過疎に悩んできた西表島に、本州(現地では内地と呼ぶ)から渡ってきた若者たちによるベビーブームが起きている――というあらすじが新聞の番組欄にはあった。
テレビをつけた。そして僕は驚いた。
都会からやってきた青年として出ていたのはNだったのだ。Nは9年前からこの島で暮らし、いまや島の古老から田んぼを借り受け、米を作っているとナレーターが話している。島の8割を占める熱帯雨林も分け入り、琉球イノシシも獲る。野山でハーブを摘み、魚が食べたければ舟を出す。そんなNの顔つきは変わっていた。人懐っこい笑顔はそのままだったが表情は精悍で、どこかフェミニンだった髪型は丸坊主になっていた。
……立派な島の男。その印象は鮮烈だった。
翌年、僕は再び島を訪れた。もちろん、Nにも会った。折しも、都会のメディアでは農業がブームになり、自然っぽいライフスタイルが持て囃されていた。僕はそんなようなことをNに訊いた。田舎で農業の現実をやっている人なら、都会の農業ブームに言いたいことは山ほどある。Nもその例外ではなかったわけで、島の観光地化に伴うアウトドアツアーに苦言を呈していた。
「カヌーを漕ぐだけが島の暮らしじゃないからね」
なぜ農業をやるのか。なぜ自然と共に生きるのか。Nの答えはとてもシンプルだった。
「ここに根を張って生きていくにはそれしかない」
アウトドアブームで近年の西表島には個人経営のツアー会社がたくさんできた。しかし、その中でも島に残る人はごくわずかなのだという。理由は人それぞれだが、島に対する恋愛感情が冷めればその時点で去る。そこが終の棲みかになるか否かの理由を見つけられない人は去っていくのだ。
しかし、Nはここで家族もできた。どこか居場所を感じられなかった東京を離れ、ようやくここで自活の芽を見つけた。だから、ここで根を張って生きていきたい、いくしかないと言った。
話を聞いていてNがこの島で米をつくり、イノシシを狩るのは、島を離れないための決意表明なのでないかと感じた。
島の古老は、都会のように若者を他人あるいはモンスターとして扱わない。ケータイのコミュニケーションがどうだ、トイレでひとり弁当食っている若者がいようが、そんなものは関係ない。集落には厳然たるヒエラルキーがあり、年少者は年長者の言うことを聞いて黙々と働くことが理になっている。
Nは集落の、毎月のようにある伝統行事で利害の調整役を買って出る。
それは僕の感覚でいえば、都会では得られない濃密なコミュニケーションである反面、面倒な人間関係であると思う。だが、島で生きるということはそういうことなのだ。
面倒な年長者、共同体的な呪縛。僕らはその重力を都会で金を稼ぎ、カッコいいもの探しをする過程で捨ててきた経緯を持っている。時にお金は人間を世間のしがらみから解放してくれる。それは勝ち続ける者にとって、無限の快楽を与えてくれる。仕事で成功し、都会で自活すれば面倒な親、大人、先輩、あまつさえこの世界からも自由になることができるだろう。人と違ったカッコいいもの探しにも同じ意味がある。みんなと違った文化に自分だけが触れることで得られる感覚は共同体から(一瞬)離脱させてくれる力がある。
 
ところが、Nは面倒な共同体的なしがらみの中で生きていくことを「敢えて」選んだ。
半自給自足生活を送るNなら、人里離れた山奥でも生きていけるだろう、と一瞬思った。
実際、西表島の外離島(ソトパナリジマ)には外界との接触を絶って暮らすお爺さんがいる。だが、誰もがこんなことをできるわけではない。電気も、水道も、近所の人の助けもない。体調が急変してもたったひとり。そんな環境で人間がひとりで生きていくことは爺さんを非難するわけではないが、現実的に無謀なのである。
だから、しがらみの中で生きる。それが都会ではない土地で生きていく上での揺るぎない現実なのだ――東京から移り住んだNはそう話していた。

現代フェス、カルチャー/フッション誌で高まる自然回帰的な気運はホンモノなのだろうか?
現時点での結論を下すと、フェスで自然体験やエコ、マクロビに関するコンテンツを消費している人たちが「では、いまからホントに田舎で暮らせるか」と問われれば、大多数の人は「やっぱり無理」と答えるだろう。 破綻のリスクと隣り合わせにあるとはいいながらも、無限のスリルと自己実現欲求を満たしてくれる仕事や、消費やコミュニケーションの快楽を捨てることは、頭で考える以上に難しい。
結局、いまこの瞬間に漂う自然回帰志向は、本連載第二回で触れたようにアイデンティティが流動化する現代におけるカウンターアイコンなのだと思う。自分が消えても存在し続ける自然を、マインドとして取り込む。いまはまだ、そこまでの代物なのだ。
そんな人たちにとって、現代フェスに漂う自然に囲まれたコミュニケーション空間や「ミスター・クサカベ」に表れた明治~大正の田園風景は、都市と自然の間にある狭間の世界なのかもしれない。それはブームよりも少し重たい代物である。

岡本俊浩
1976 年東京生まれ。渋谷宇田川町のレコード店「ミスターボンゴトーキョー」「DMR渋谷店」でのバイト生活を皮切りに音楽業界に入る。以後フリーのライター業。現在はエンタメ系記事から犬猫取材までこなす。主な執筆媒体は、『TVブロス』誌の連載コラム「左手で描いた世界地図」、週刊誌『アエラ』のほか、 季刊男性ファッション誌「アエラスタイルマガジン」では編集担当。世田谷区在住。7月23日にMASSAGE編集部との共著で『野外フェスのつくり方』(フィルムアート社)を出版した。
 

2010-8-9th Up 



Copyright (c) TAICOCLUB All Rights Reserved.

.